平成１２年度　春　明星便り

 

『嘘のような本当の話』

 

 

星組のＳさんは、一日の大半をクラスの集団から離れた脱衣室で一人でラジオを聞いて過じごしている。これがここ三年ほど続いている彼女の暮らし方だ。その姿を僕らは、だれにも邪魔されない自分だけの空間を確保しようとしている一人前の姿として受け止め、個室が保証できない悪条件を申し訳なく思いながら、脱衣室を提供することで彼女のお心の受け止めをしていた。

そんなある日、彼女は、朝からみんなの集まる訓練室にいた。そして、いくら脱衣室へ行くことを促しても決してそこを動こうとせず「絶対ここにいるんだ」と叫んでいるかのような大声を出して、そこに居続けた。誰もがその理由がわからなかった。皆が不思議がって眺めていた一週間が過ぎようとした頃、彼女はまた脱衣室へ戻っていった。

彼女が訓練室へやってきたその日、それは職員の人事異動発表の日だったんです。

さて、この偶然を皆さんはどう考えますか？

「どうも職員の様子がおかしいぞ、これは何かあったに違いない。これはうかうか脱衣室で一日ラジオを聞いていたら置いてきぼりをくうぞ。しっかり訓練室にいて、職員の人たちがしゃべっていることに耳を傾けて情報を集めなくっちゃ。」

そして一週間が経ち……。

「どうも職員が異動になるらしい。でも私の担任は替わらないようだ。ちょっと心配だけどさしあたり大丈夫かな。そろそろ脱衣室でラジオ聞いていてもいいかな。新しい情報もなさそうだ」

こんなふうに考えることはできませんか？

そのＳさん、先日どうしても食事に行かないと言い張り、朝食と昼食を食べなかった。夕食も拒否する勢いなので、職員もいろいろ考えを巡らした。その日は、なんとクラスの仲間が虹組へ移動した日だった。そこで職員はこう伝えた。

「Ｓさんは、他のクラスへは移動しません。担任も替わらないし、クラスも替わりません」それでＳさんは、夕食に立つことができた。

Ｓさんは、目が見えません。日常生活動作は、ほぼ全面介助です。この理解力を皆さんは、どう考えますか？

さて、次はこんな話。

Ｍ君は、重度のてんかん発作をかかえる青年です。ある時電話口で母親がこんなふうに言ったのを聞きました。

「今度の土曜日、もしお父さんの都合が良かったら、面会に行くでな。待っとってな。」

さて、土曜日。待てども待てども母親は来ません。きっとお父さんの都合が悪かったのでしょう。

しかし、次の日から彼は、てんかん発作に何回となく襲われます。一日五回六回とてんかん発作が起こります。余分に抗てんかん剤を投与してもてんかん発作の数が少なくなりません。

そんな状態が二日続きました。それを心配した母親が急いで学園に駆けつけてくれました。

その次の日には、すっかりてんかん発作は少なくなったのです。

さあ皆さん、これをどう考えますか？

「お母さん、土曜日にきてくれると言ったのに、きてくれなかったよね。ぼくずっと待っていたのに。とっても淋しかったんだ。僕のこと忘れてしまったんじゃないかって心配で心配でしょうがなかったんだ。でもすぐに面会に来てくれて安心したし、うれしかったよ。」

Ｍ君の気持ちはきっとこうなんだと思うのだけれど。

嘘のような本当の話。

それは、僕たちに、僕らとちっとも変わらない彼らのことを教えてくれている。